食育キーパーソン

"顔の見える"関係が安心感、残食減らす

生命維持の三大要素である食事・排泄・睡眠。人間が他の生き物と特に違うのは食事に意味があり、単なる栄養補給ではないこと。乳幼児は母親の表情を見て、安心して母乳や食事をとっているそうです。そこから"愛着"が発達し、成長と共に心の絆が形成される。「人は食事を通して対象への信頼感を養い、社会性を身につけながら育つ」と食にまつわる教育を語る繁多さん。学校の食育では「栄養士・栄養教諭が子供たちから信頼を得ることが大切。子供と接する時間を積極的に作りましょう」と提案します。

繁多進(ハンタ ススム)

繁多進(ハンタ ススム)

白百合女子大学名誉教授。1938年生まれ、鹿児島県出身。都立大学で文学博士取得、江南女子短大、横浜国立大などを経て白百合女子大教授、09年より同学名誉教授。専門は発達心理学。アタッチメント(愛着・愛情)研究の日本における第一人者。主な著書に『乳幼児期の子育てQ&A』(第三文明社)、『おかあさん、大好き!』(三笠書房)、『愛着の発達―母と子の心の結びつき』(大日本図書・現代心理学ブックス) 他多数。

Q:心理学で言うところの"愛着"の意味は何ですか。

愛着とは「この人が好き」、「信用できる人だ」などの感情を指します。生後3か月ごろの赤ちゃんはご機嫌な時は誰に対しても笑顔を向けますが、半年過ぎるころから人見知りが始まります。これは自分を保護してくれるのはこの人、だから「大好き、信頼できる人」と思う感情が、特定の人(多くは母親)へ向けられ、その人への愛着が育ってきた証拠です。また母親の姿が見えなくなると泣くのは愛着行動です。心理学ではボウルビィ理論と言い、人が、人と関わりたいと思うのは本能的なものと考えます。
そして愛着行動は子供の成長に従って変化するもので、おんぶ抱っこなどの接近接触を最も求めるのが3歳ごろまで。愛着の対象には一番そばに居てほしい時期で、離れることが不安なのです。この時期を過ぎると、離れていても関係は続く(関係の永続性)と思えるようになり、少しずつ親離れが出来ていきます。

Q:幼稚園・保育園の門で母親と離れるのを嫌がって泣くのは、愛着行動ですね。

子供も園で経験を重ねるうち、母親に代わる愛着の対象(多くは保育士)をつくり、母親から離れることに慣れていく。母親の代理ですが、信頼と愛着の対象であることは同じです。

Q:対象への信頼から学びが始まるのですね。

乳幼児には愛着の対象が大切で、重要な存在です。乳幼児は信頼の対象である母親を見て、安全か危険かなどを学ぶので社会的参照と言います。これは子供のパーソナリティ(人格)形成に結び付いていくのです。ストレンジ・シチュエーション法という実験で、1歳児の親子を見知らぬ部屋で遊ばせて観察したところ、80%の子供が母親がゆったりしていると安心して遊んでいた。子供には母親が「安全の基地」なのです。
食べ物にもあてはまります。母親が幸せそうに食べるのを見て、子供はそれが安心して食べていいもの、おいしいものだと学ぶのです。

Q:食事との関係も大切ですね。

愛着の形成の最初の段階から、母親への信頼感は食事を介して育まれます。愛着の発達を支える相互作用、楽しみや喜びの共有という感情は、大脳の発達にもつながる意味があります。人間にとり食事は単に作って与えるだけのものではありません。
親が愛情をこめて与える食事ですが、親から子供への一方的な愛情ではなく、うれしそうに食べる姿から親も愛情をもらうという相互作用です。さらに、一緒に食べる「楽しみの共有」、"おいしいね"と思う「喜びの共有」の他、料理作りの手伝いや食べながら文化の伝達も受け継ぐ意味があります。

Q:家庭や地域の教育力が低下しています。

最近、横浜市が「近所づきあい」の調査をしたのですが、付き合いが「ある」が13%。すでに地域社会は崩壊しています。近所づきあいが機能していたころは、家庭で母親に叱られた子供は近所のおばちゃんの家が逃げ場でした。場合によっては食事もさせてもらい、家庭のルールや在り方はそれぞれ違うことを知り社会の一端を学びました。
近所のおばちゃんは子供にとって、母親に次ぐ愛着の二次的対象ですが"安全の基地"であることは同じです。また幼・保育園や学校の教職員が、二次的対象になることもよくあります。子供の健全な発達に、安全の基地の存在が欠かせないものであり、そのセーフティーネットは二重三重にあることが望ましいと言えます。

Q:栄養教諭・栄養士をはじめ教職員への提案を。

給食という食を通して子供たちとつながっている、その関係を強みとしてもっと活かしてはいかがでしょうか。食育や給食指導などで子供たちと顔を合わせる機会があると思いますが、意図的に機会を作って毎日顔を見せてください。毎日の給食を作っているのはこの人なんだと。子供たちから「大好き!!」と思われる関係になってください。
メニューによって残菜が多くなるなど、食の指導が大変だと聞きますが、子供たちとはまず信頼関係を築いて下さい。大好きな先生が作ってくれた、感謝して残さず食べようと教えてくれた・・・そのような心のつながりが大切です。