食育キーパーソン

活動の中心に“食”を据えて豊かな体験を

国立青少年教育振興機構が推進する「早寝早起き朝ごはん」運動が始まって12年。その4年前に「子どもの早起きをすすめる会」を幼児教育や医療の仲間と立ち上げた鈴木みゆきさんは、子供の体験の薄さを指摘します。しっかり起きて朝食からエネルギー補給、そして活動することが大切です。“食”をきっかけにした活動には、印象的で様々な体験が出来るという期待があります。

鈴木みゆき(スズキ ミユキ)

鈴木みゆき(スズキ ミユキ)

国立青少年教育振興機構理事長。東京生まれ。お茶の水女子大学大学院家政学研究科児童学専攻修了、博士(医学)。和洋女子大学人文学群こども発達学類教授を経て現職。日本音楽著作権協会正会員。文科省中教審第8・9期生涯学習分科会委員(2015~)、他多数の公職を歴任。幼児教育・保育に関する著書論文多数。

Q:改めて、朝ごはんはなぜ大切なのでしょうか。

日中を活発に過ごすには体温を上げなければ脳が働かないし、体温を上げるためにはエネルギーが必要で、そのエネルギーは食事から。特に朝はお腹の中が空っぽですから食事からとらなければならないのです。
朝ごはんを英語では“breakfast”ですが、break=こわす、fast=絶食とか飢餓状態を表し、“飢餓の状態をこわす”という意味になります。朝食は英米でも、しっかり取ることで日中に活動するエネルギーになると考えられているのです。

Q:朝食の欠食率が小・中学生では改善されてきました。

当機構の「青少年の体験活動等に関する実態調査」(平成26年度)で、朝食について「必ず」食べる子供(小中学生)は86.5%で、17年の80.4%から6ポイント増加。「あまり食べない」と「食べない」を合わせると3.9%で、17年の6.2%より2.3ポイント減少。朝食に関して10年間で大分改善できたと言えるでしょう。ただし私達が目指すのは、ただ朝ごはんを食べることや、食べない子の比率を減らすことではありません。きちんと朝ごはんを食べることは、生活のリズムを調えることだとする理解の定着です。
私達の身体の中には時計があって(体内時計)、朝起きて太陽の光を浴び、食事して活動することで時計の針が正常にリセットされるからです。子供たちには「元気になるためにはどうしたら良いか」を考えよう、と伝えています。日中しっかり体を動かして遊ぼうね、すると夜ぐっすり眠れ、朝は起きるとお腹がすいてご飯がおいしく食べられます。ちゃんとご飯を食べるとまた元気になって動ける…そういう生活をしようねというメッセージを出し続けていくことが大事ですね。

Q:早起きの会はより睡眠に力を入れた啓発活動ですね。

睡眠・運動・休養(食事)は生活リズムとして一体のもので、どれか一つだけ抜き出して改善できるものではありません。ただ、会の発足当時の平成14年ごろは、日本の子供の睡眠時間は国際比較でも最低レベルでした。
「睡眠は脳と体の整備工場」と言われるほど大切です。幼児教育現場での研究を行っていた当時、睡眠のリズムが乱れている子供ほど、イライラして攻撃的になる様子が分かりました。そこで仮説を立ててある実験をしたところ、衝撃的な結果から当時色々な番組等で取り上げられ、話題にもなりました。
そこで訴えたことは「子供の生活リズムを見直そう」、親の生活より子供の生活リズムに「優先順位を上げよう」。

Q:その呼びかけは少しずつ効果が現れてきましたね。

夜10時過ぎても起きている幼児の割合が、18年はまだ半数程度ありましたが、22年には3割台まで下がったので劇的ですね。あきらめずに伝え続けることですが、その伝え方も大切です。私達もはじめの頃は、やや危機感を煽るような情報をあえて発信したのですが、今は「どうしたら改善できるようになるか、一緒に考えませんか」という方向に向いていると思います。

Q:食育などの指導についてご意見などがあったらご提案ください。

「渋い」「甘酸っぱい」など私たち大人には当たり前の味覚ですが、これからの子供たちの世代は、意図的に機会を与えないと体験できないかもしれないと危惧しています。これは食育や味覚だけの部分的な問題ではなく、子供たちの生活体験が全体に貧弱なものになりつつあることへの危機感です。
当機構調査(前出同)では、夜空の星をゆっくり眺めたり、日の出・日没を見る、木登りや野鳥の声を聞くなど、ほんの少しの非日常の自然体験なのに、「何度もある」子供の割合はいずれも50%に満たないという傾向が調査開始の10年以来ずっと続き、とても気になります。家事の手伝いなどの生活体験や自然体験が豊かな子供ほど、生活習慣リズムが確立出来ていて、自己肯定感や正義感も強いという相関関係が見られることからも、先生・保護者には子供に豊かな体験を与えて下さるようお願いしたいです。
ご飯を炊いたら失敗してお焦げになったり、又それをいかに食べるか知恵を絞ったりと、食に関連した体験であれば、印象深く感動的な体を通した体験ができる強みがあると思います。そして頭と体を遣えば、おいしくご飯を食べて夜はぐっすり寝られて、一石五鳥くらいの効果です。

Q:「体験」や「読書活動」は機構としてミッションの一つですね。

子供たちの読解力~読み取る力が弱いと言われていますが、コミュニケーションの場が少なくなったというか薄くなった現実が背景にある気がします。学校でも仲の良い子としかしゃべっていなかったり、家庭でも会話は最小限で、お母さんはスマホをいじって子供はゲーム機を手放せないのという実態があるのではないでしょうか。
体験そのものが乏しいから、例えば教科書で「さわやかな風」と習った時に「さわやかな風」を実感として知らなかったら学びが深まらない。今の子たちの多くは「手がかじかむ」経験がないそうで、しもやけも分からない。体験が薄く貧弱になっている気がするのです。
「早寝早起き朝ごはん」も「体験の風をおこそう」も「絵本専門士」養成による読書運動の推進も、それぞれが別物ではなく連携しているのです。規則正しい生活で気持ちが安定し人と関わる力が育ち、いろんな遊びや野外で木々がこすれ合う音や小川のせせらぎを聞き、たくさんの経験から育まれた感性が、実は生きてく力になってくと思うのです。