食育キーパーソン

学びを育てる伝統野菜の種

食育の教材として注目される地場産物。各地に伝わる伝統野菜もその一つ。「伝統野菜にはその土地に伝わる歴史や文化と結びつきがあって、学習素材としても最適」と語ります。小・中学校の活動・授業で扱われることで、継続と広がりができると、これからも学校の食育に力をこめます。伝統野菜が持つ教材としての魅力と、多くの実例からいくつかの事例を紹介して頂きました。

大竹道茂(オオタケ ミチシゲ)

大竹道茂(オオタケ ミチシゲ)

NPO江戸東京野菜 コンシェルジュ協会会長。昭和19年東京生まれ。JA東京中央会で平成元年より江戸東京野菜の復活に取り組み、平成9年には江戸東京農業の説明板50本を都内に設置企画。農水省選定「地産地消の仕事人」、総務省「地域力創造アドバイザー」、他多くの食と農の活動に関わる。主な著書は「江戸東京野菜(物語篇)」(農文協)。監修には「江戸東京野菜(図鑑篇)」(同)、「まるごと! キャベツ」(絵本塾出版、以下同)、「まるごと!だいこん」、「まるごと!トマト」、「まるごと!かぼちゃ」、「まるごと!じゃがいも」「まるごと!えだまめ」などがある。

Q:講演など学校での食育に力を入れていますが手応えは?

伝統野菜の多くには、その地の歴史や文化に関わる話があり、子どもたちが身近に感じられる。興味を持って聞いてくれるというメリットがあります。それをきっかけにして自分たちの地域に関心をもち、学びが広がるようです。
東京・荒川区の栄養教諭から、荒川の地名がついた伝統野菜を探してほしいと依頼され調べましたら、江戸時代に作られていた三河島菜が、仙台芭蕉菜という名前で今も仙台で栽培されていることが分かりました。参勤交代で江戸に来ていた仙台藩の足軽が、帰国のみやげに種を持ち帰ったものが広まったのです。
この由来を学んで、小学校の菜園で子どもたちが栽培しました。収穫した野菜を家庭に持ち帰り家族に自慢したり、普段はあまり野菜を食べない子が進んで食べるようになったなど、保護者から感謝されたそうです。

Q:文化の伝播にも通じる話で、深い学びになりますね。

今日ではほとんどの野菜は交配種で一代限りのF1。流通に適した規格もので、消費者の嗜好に合わせてクセがないのが特徴です。一方の伝統野菜は固定種ですから、形や大きさは不均等ですが、種から広がる。つまり種から命が伝えられるのが伝統野菜の特徴です。
江東区や足立区のいくつかの小学校では、子どもたちが地元の名がついたねぎを栽培。毎年4年生がねぎを育て、5年生になった春にねぎ坊主から採取した種を次の4年生に渡す贈呈式を行っています。
これは江東区のある栄養教諭の発案で、子どもたちが直接手から手へと、渡すことで命が伝達されるのです。素晴らしい命のサイクルが体験できるのです。また、ねぎ坊主はてんぷらなどで食べるとおいしい。食べられるのは育てた5年生だけの特権で、同校の下級生は「5年生になるとねぎ坊主が食べられる」と心待ちにしています。

Q:東京だけでなく全国各地に、教材にできる、特色ある野菜がありますね。

鎌倉だいこんの普及を昨年からお手伝いしています。これは浜だいこんで、全国の海岸に分布しているもの。鎌倉の由比ヶ浜に自生しているので、これを鎌倉だいこんと呼んでいるのですが、由来については鎌倉時代までさかのぼる興味深い民話が、栽培地だった土地の神社に残っています。民話の内容がこの地域の当時の歴史と符合するのです。
その話を鎌倉市の市長に紹介したところ早速、市内の中学校2校で栽培することになり、1校は科学部が中心で栽培し、その取り組みが文化祭で発表されました。別の学校ではこれを学校便りで取り上げ、家庭の保護者にも紹介、毎年1月に行っている近隣小学校との交流会のだいこんパーティーで、生徒が栽培した鎌倉だいこんを提供するそうです。

Q:伝統野菜はこれからも注目されそうですね。

流通に乗らないため特殊な存在に思われがち。でも意外に身近なところで見られるものがあります。例えば浜だいこんは、東京の都心である皇居のお堀端に。たくさんのランナーがジョギングする足元に自生しています。
伝統野菜の理解と普及には、食育や地域学習の教材として学校で栽培してもらうことが重要です。併せて農作物として、農家がしっかりと履歴を管理して栽培されることも欠かせませんね。