食育キーパーソン

食べ方と内容の工夫で肥満予防を

給食指導の現場ではしばしば話題になる、ダイエットのために牛乳やご飯などの炭水化物を敬遠する生徒の存在。偏った情報や知識を鵜呑みにすることに潜む危険性を、食育の一環として学校でもっと取り上げる必要があると語るのは、スローカロリー研究会の宮崎滋理事長。専門とする肥満・糖尿病予防の観点から、最新情報を踏まえた望ましい食事のあり方をうかがいました。

宮崎滋(ミヤザキ シゲル)

宮崎滋(ミヤザキ シゲル)

公益財団法人結核予防会総合健診推進センター・センター長、医学博士。1971年東京医科歯科大学医学部卒業。76年より東京逓信病院勤務(内科部長、副院長)を経て、2012年結核予防会新山手病院生活習慣病センター長、15年より現職。04年肥満症治療学会会長、07年日本肥満学会会長。肥満症、メタボリックシンドローム、糖尿病の治療が専門。最新刊「別冊NHKきょうの健康『健康ダイエット 肥満が招く11の病を防ぐ』」他著書多数。

Q:そもそもスローカロリーとは、どのような概念でしょうか。

私たちはスローカロリーという、食べた物をゆっくり吸収することの身体や健康に対する効果に注目しています。血糖値の急激な上昇を防ぎ、満腹中枢が働き満腹感が得られることで食べ過ぎを抑えることができます。ゆっくり吸収するということは、小腸・大腸の上部から下部まで全体を使って栄養吸収を十分に行うことですから、内臓全体の機能を高めていくことにつながります。
"スロー"とは真逆の関係にあるのが"ファスト"…つまり「ファストフード」に代表されるような、食事をサッと手早く済ませるものです。

Q:カロリーを意識する今までの食事との違いは何ですか。

これまでは摂取カロリーと栄養素が充足することが重要視されていました。今後はカロリーや栄養素は同じでも、身体に良い食材や食べ方を考える必要があります。
一つは食べ方です。よく噛んで、ゆっくりと食べる。そして食べる順番として、まず食物繊維が多い野菜や海藻、キノコ類から食べる。「ベジタブルファースト」ですね。次にタンパク質の肉や魚、そしてご飯やパンなど炭水化物の順。急激な血糖値の上昇を防ぐ食べ方です。
もう一つは食べる内容や食材について。よく噛まなければならない食材を意識的にとること、糖そのものにも注目しています。例えばGI値が高いと消化吸収が早くインスリンが過剰に分泌され、低ければ小腸全体を使ってゆっくり消化吸収するので、内臓脂肪がつきにくくなり肥満予防にもつながります。

Q:どのような食材が適していますか。

食材だけでなく食べ方も「ベジタブルファースト」ですが、主食では玄米、そば、全粒パンなどが、よりGI値は低いです。しかし白米やパンも、卵やチーズなどの油脂と一緒に食べることでゆっくり消化吸収されます。また酢の物やトマトなど酸味のある食材は胃に留まる時間が長いので、ゆっくり消化されます。そして歯ごたえがある食材なら、よく噛んで食べることにつながります。
また同じ糖分でも、普通の砂糖に比べてゆっくり吸収される「スローカロリーシュガー」であるパラチノースに注目しています。時間をかけて吸収されるから、長時間のエネルギーの持続ができます。種目によりますがスポーツ競技にも有利ですね。
さらに肥満や糖尿病の発症にも影響する腸内細菌にも注目しています。ヨーグルトや乳酸菌、野菜を積極的に食べることは、腸内で良い働きをしてくれる細菌を増やし、悪さをする細菌を増やさない食べ方になります。

Q:学校給食はどのように評価されますか。

子供の年齢に必要な栄養素がきちんと計算され、適正な内容が工夫された献立によって毎日提供される素晴らしいものです。また毎日飲む牛乳で、カルシウムの摂取が保証されています。給食がなくなる高校生になると、カルシウム摂取量が途端に落ちてしまいます。間違った間食の習慣やダイエット志向などの影響もあるでしょう。

Q:給食の残菜には過度なダイエット志向も理由の一つとされています。

私の専門である肥満やメタボリックシンドローム、糖尿病などの分野で最近は「エピジェネティクス」、「エピゲノム」が注目されています。例えば肥満は遺伝するわけではなく、母胎内の環境の変化で肥満の遺伝子にスイッチが入ることで起こるという考え方です。
痩せすぎの女性が妊娠すると、低出生体重児(出生時の体重2,500g以下)を出産する確率が高まります。日本はその割合が現在10%近くにのぼり、世界でも1、2番の高さです。お母さんのお腹の中にいる間に低栄養の状態が続くと、生まれてからも低栄養であることに備えて、子どもはエネルギー代謝の低い体質に変わって生まれます。ところが生まれたら飽食の社会で栄養過多であったら、低代謝の体質では太りやすくメタボリックシンドロームにつながりやすくなります。
母親の低栄養状態によって、胎児の低代謝の遺伝子スイッチが入り、成人後肥満になるのではないかと考えられています。

Q:次世代にまで影響があるとは驚きです。

栄養の知識不足や偏りによって引き起こされるリスクや障害について、正しく知らせなければなりません。これは家庭教育で担うには難しいでしょう。学校教育として食育の一環としてしっかり教育されることを望みます。