食育キーパーソン

魚食文化から海の偉大さを教えたい

「縄文時代からすでに魚食文化を持ち、私達から魚は切り離せない。しかも世界6番目の広さの排他的経済水域を持つ日本なのに、子供だけでなく大人も海や魚への関心が薄い」と警鐘を鳴らすのは、WFF代表の白石ユリ子さん。将来への危機感から、全くのボランティア・自発的意思で「おさかな教室」を小学校で開始。「浜のかあさんと語ろう会」「海彦クラブ」等に発展して、開催は約700回を数えます。行動力の原点は、幼年時代、父親に連れられて学んだ衝撃的なクジラとの出会いにあったそうです。

白石ユリ子(シライシ ユリコ)

白石ユリ子(シライシ ユリコ)

1933年北海道生まれ。現在、ウーマンズフォーラム魚(WFF)代表の他、NPO海のくに・日本理事長、日本生活文化交流協会(JLC)創設者(会長代理)。主婦と生活社で伝統文化、生活文化に関わる書籍を多数編集。独立後86年JLCを発足。日本文化に関わる指導者のネットワーク化をはかり世界の大学と提携して国際文化交流活動を推進している。93年、日本の漁業と魚食文化の危機に気付きWFFを発足させる。「WFF全国シンポジウム」で政府に提言を行う一方、漁村と東京の消費者を結ぶ「浜のかあさんと語ろう会」で“海や浜、魚に関心を持つ消費者づくり”に努めている。06年に出版した絵本『クジラから世界がみえる』(遊幻舎)は11年度から小学5年生の国語の教科書(学校図書株式会社)に掲載された。12年から海と魚教育の新しい取り組み「われは海の子活動~離島を学ぼう」をスタート。離島の首長に東京の小学校に来てもらうとともに、子ども達の代表が離島へ取材に行き、取材成果を東京で発表する活動を行っている。これまで参加した小学校は延べ20校、訪問は15島にのぼる。12年読売教育賞、15年内閣総理大臣表彰(海洋立国推進功績者)、16年天皇陛下より緑綬褒章受章。

 

Q:WFFはどのような目的で創設されたのですか。

立ち上げたのは1993年、魚食文化がなくなることへの危機感から、「おさかな教室」として、どこからの支援も考えず自分の意志で立ち上げました。海に囲まれた日本は世界で6番目の排他的経済水域EEZと、古代から続く魚食文化をもつ。こんなすばらしい海に恵まれた国の子供が、魚といえば切り身しか知らないまま大人になるなどとんでもないと、ジャーナリスティックに考えたのが始まりです。
漁業は海の上の仕事なので、一般の人からは見えない、そしてよくわからない。だから有難みも親しみもあまり感じられない。そこで消費者と漁村の漁師との、“顔の見える関係”を作りたかったので、浜の母さんを東京に招いて浜の暮らしや漁業の話を聞いて、魚の食べ方を教わる「浜のかあさんと語ろう会」(以下、「語ろう会」)を始めました。
また子供たちが1年かけて魚と海洋と地球環境を学ぶ「海彦クラブ」、離島を学ぶ「われは海の子」、絵本「クジラから世界が見える」などが、WFFの活動からうまれました。

Q:学校での授業はどのような内容でしょうか。

「おさかな教室」を開かせてほしいと、小学校をあちらこちら訪ねたのですが、初めはなかなか認めてもらえなかった。96年にやっと板橋区の小学校が受けてくれたのがスタート。校長会で少し時間を頂けたので、海に囲まれた我が国で、学校が海と魚食をきちんと教えていないのは由々しきことだと訴えたところ、10人の校長先生がやりましょう!と手を上げてくれました。そこから評判になり広がって現在までに500校位、実施しています。
小学校には子供と若いお母さんがいます。だから実施する学校には必ず「保護者付き」を条件にしました。子供は当然として、子供の後ろにいる保護者に伝えたいからです。お母様も小学校での開催なら、必ず参加してくれます。
主な対象は、授業で日本の漁業について学ぶ小学5年生。まず私が漁業や魚食の話をします。次に浜の母さんが、漁のことや父さんが獲ってきた魚を仕分けてセリに出す話をします。そして父さんの魚を一匹丸ごと調理して食べ方を教えます。イカは足を抜いて皮をむいてお刺身まで作る。煮たり焼いたり。お魚は頭を落として三枚おろし、お刺身。実習の時間にはWFFの会員がボランティアでフォローにつきます。

Q:実施する費用はどのように賄われるのでしょうか。

日本には浜(漁村)が6000あります。全国の浜を訪ね歩き、母さん達を東京に行かせてほしいと漁師さんを説得します。もちろん信頼関係を築いてからです。そして首長、組合長にはせっかく東京の消費者に、漁業や魚食の話を直接できる機会なのだから是非獲れたての魚を教材として無償提供してほしい、そして母さん達の交通費とホテル代も組合や自治体から出してほしいと交渉します。いろいろ知恵を絞って考えました。会場は学校の教室をお借りして、もちろん学校や参加する親子は無料です。
授業の対象以外の子供達にも魚に触れ合う機会を与えたいと考え、定置網の漁師にお願いして、その朝あがったもの全部をそのまま送ってもらうこともあります。学校の廊下に机を出し新聞紙を敷いた上に魚を並べただけの「机の上の水族館」。生きが良く、魚屋さんが見たことない魚まであって。全学年が魚をさわったりなでまわしたりで大騒ぎです。子供達に海の偉大さ不思議さを体験してもらいたかったからです。たった2、3時間の体験ですが。

Q:「おさかな教室」の意義は何でしょうか。

例えばサバだけでも、サバ味噌、煮つけ。焼きサバ、竜田揚げのサバ、しめサバといったお好みの料理がお手ごろな値段で買える。そのうえおいしいのです。家庭で魚料理をしなくなった、さばけなくなったからと、お母さんだけを責められない。でもやはり魚食文化という貴重な文化を手放してはいけないと思う。こんなに多くの種類の魚が獲れる国ですから。
学校給食でも努力して食材として魚は取り入れていますけれど、残念ながら一匹丸ごと使おうとするとお魚は高い。日本の子供達が、日本にはたくさんの伝統的な魚料理があるということを知らずに成長しては困ると思います。少しでも多くのお魚の料理を知って、見て、食べて、そして作るようになれれば最高ですね。

Q:クジラの授業はどの様な内容でしょうか。

クジラの授業は私が小学校で自作のパネルやポスター、資料を使って行っています。例えば統計学的に調べて作った世界地図は、国によってみんな食べているものも量も違うんだよと視覚に訴えます。最近まで世界では魚を食べている人は本当に少なかった。だから魚を食べている国の人々がリーダーシップをとって、魚食文化を守らなければいけない。今後は地球の温暖化が進んで地上の食べ物がとれなくなったら、何万個という卵を産む魚が地球を救うかもしれない、だから海を大切にしようねと話をしています。
推測で不確実な部分も含め、先生方にはできない授業なのですが、私は好き勝手にやっているので、伝えたいのは正確な数字より海や環境への畏敬の念だと思うからです。
シロナガスは体長25~30mでちょうど小学校の体育館の大きさ。子供達に並んでもらい大きさを実感してもらうこともあります。さらに体育館は天井までほぼ7m、シロナガスの高さがちょうど7メートル。だからこの体育館が一頭なのよと言うと、みんな驚くわけですね。
そしてクジラのお肉の美味しさを知ってもらうため、竜田揚げやクジラ汁等を試食してもらいます。クジラのお肉は栄養価が高く低カロリーですから健康にも良いことは、今ほど牛・豚肉が手に入れられなかった時代、クジラ肉を食べて育った私たちの年代が証明済みです。「クジラを9000年も前から食べていると知ってビックリ」「クジラはこんなにおいしいのに、この国からなくなりかけている」「クジラの皮の部分がとくにおいしかった」「クジラは食べてもいいってわかったから、また食べたい」等々の感想が毎回寄せられます。

Q:クジラとの関りは何がきっかけですか。

私は北海道・網走の近くで生まれ、そのころは網走にもクジラの基地がありシロナガスがたくさんあがっていました。7、8歳のころ弟と毎年、父に連れられクジラの解体作業を見に行ったのです。当時は、寒いし臭いし、おじさんがクジラの身体に登って何か作業していたようだけど目の前にはただ黒い山か見えないし、泣きたい気持ちでした。でもなぜ父がそんなことしたのか、今は分かります。お琴、人形浄瑠璃の操り人形、日本文化にはクジラのひげがなくてはならないものがたくさんあると。クジラの油が世界中の産業を助けたという話をしてくれました。
「クジラというのは神様が人間にくれた世界で一番大きい食べ物で、頭からしっぽまで全部、捨てることろがない大事なもの。食べ物がもし何もなくなったら、世界中で分けて食べれば人間は飢えから救われる」と父が教えてくれました。今日でも私の心にある言葉です。

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