食育キーパーソン

料理のスキルは“生きる力”の基本

「子ども達が自分で料理を作れるスキル、与えられるのではなく自分で身体を養う力を付けることは食育の要」と語る理事長・田中延子さん。子どもの料理教室の展開と、栄養教諭・学校栄養職員(以下、栄養教諭等)の食育の指導や研究を支援することを2本柱として、「特定非営利活動法人チーム学校給食&食育」(以下、チーム学校給食)の活動を推進する。料理教室開催の目的、「新しい生活様式」での食育や栄養教諭等への思いとエールを聞いた。

田中延子(タナカ ノブコ)

田中延子(タナカ ノブコ)

北海道出身。株式会社オフィス田中・代表取締役、淑徳大学看護栄養学部客員教授、東京家政学院大学客員教授。2003年、文科省中央教育審議会の専門委員として栄養教諭制度の創設に携わる。05年から同省学校給食調査官として7年間にわたり、学校給食と栄養教諭制度の普及・充実に努める。15年、株式会社オフィス田中を設立。17年、特定非営利活動法人チーム学校給食&食育を設立、同理事長を務める。

Q:チーム学校給食の経緯と活動目的は何でしょうか。

チーム学校給食は元々、文科省時代からの近しかった学校給食に関係するメンバーで、学びたい人たちの情報交換の集まりでした。
文科省退職後、私はそれまでのスキル・経験を発揮でき、還元する場があれば良いと考えました。
また栄養教諭等をサポートするようなことをしたい。栄養教諭等の仕事はどちらかと言えば内向きで、目をもっと世界に向ければ色々な給食があり、それを知ることでより広い視野からの指導力を養ってほしいと、カンボジアや台湾、中国の貧困地域に派遣しました。。
まず株式会社オフィス田中を立ち上げ、利益を得られたら、非営利のNPO法人を設立しそこを通して還元することにしました。さらに会員・協賛を募り、学校給食・食育、栄養教諭等をサポート。株式会社では出来ないことをNPOで実現しています。

Q:子どもの料理教室を活動の柱の一つにしていますね。

チーム学校給食設立のきっかけの一つが、いじめと暴行を受けて中学生が死亡した事件報道でした。胸が痛んだのは、亡くなった子が母子家庭で、お母さんが早朝から夜遅くまで働き詰めに働いていたため我が子の日常生活を知らず、それを世間から非難されたこと。食育を通してそういう人たちの助けになれないだろうかと。
子ども食堂が注目された頃で、現場の話を聞きましたが本当に困っている家庭の子どもは食堂に来ないと分かりました。そこで私達は、与えるだけでなく、子ども自身で料理して食べていく力を付けてあげることが、今まで食育をやってきた自分達の役割ではないかと考えました。チーム学校給食の活動として、料理できるスキルを身につけさせて、自分の手で自分の身体を養っていく力を身につけて欲しいという思いで料理教室をスタートしました。チーム学校給食の規約(第3条)に掲げた「貧困に苦しむ子どもたちが食に関する自立を通して、貧困の連鎖を断ち切ることに貢献したい」という目的の通りです。
ご飯を多めに炊いて、残りを握って冷凍保存すれば、お母さんが不在でも自分で温めれば食事ができる。コンビニでおにぎり1個を買うお金で、白いおにぎりが5~6個作れる。そういう経済観念も教えれば、貧困の連鎖から少しでも救われるのではないでしょうか。

Q:一般の料理教室との違いはどのようでしょうか。

私たちの料理教室には特徴があり、ハサミと炊飯器で作る料理をメインにいています。炊飯器は大抵の家庭に有り、火を使わないので小学校低学年から扱える。お母さんがいない時、料理をして、火事や手を切ったら困るので安全を第一に追究しているのですが、料理メニューは無限ではありません。
チーム学校給食は、会員一人ひとりがそれぞれ何かの委員会に所属し、役割を分担することで運営されています。炊飯器調理のメニューは献立開発委員会が開発しています。1回目はおにぎり、2回目はサンマ蒲焼きご飯にしようとか。そんなメニュー提案を、子ども対象に作りましたが、一人暮らしのお年寄りにも役立つと思います。炊飯器だけで鍋やレンジを使わず作れるので、汚れ物が少なく後片付けが楽です。約30種類のメニューを掲載し「わくわくすいはんきクッキング」という冊子にまとめました。
学校ではないので、公民館や学童の子達が対象。学校の教育活動に位置付けるものではありません。地元の栄養教諭等やOBの方々が指導者として、ご自身の経験を社会に還元して下さっています。

Q:料理教室はどのように展開しているのですか。

口コミでの広がりと、最近は各種団体との連携が実ってきたため、料理教室の開催は少しずつ増えています。例えばシングルマザーの支援団体との連携では、活動に参加している母親から子どもを預かり、私達が料理を教えました。子ども達を支援したい団体は多いはず。でも生活技術を教えるスキルを持っていなかったら、私達とコラボすることで補完し合えます。草の根的にこういう活動が浸透していったら良いと思います。
参加した子の母親から「お母さんは仕事で疲れているから休みなよと、初めて、子どもがご飯を作ってくれ涙が出た」という報告がありました。そういう人が一人でも二人でもいてくれると、やった甲斐があります。
調理指導委員会が1・5時間の教室のSOP(標準作業手順書)の考案をします。メンバーそれぞれが、地元で教室が開かれたら指導者も担ってもらう。このような流れで去年は22回開催できました。
開催費用は原則としてチーム学校給食が負担しますが、その教室の状況によって違うこともあり画一的ではありません。昨年10回ほど開かれた地域の教室は、1回当たり子ども100円程度の参加費を集めています。

Q:コロナ禍による「新しい生活様式」を受けて、学校給食や栄養教諭等に伝えたいことは。

地域ごとの感染状況を正しく把握し、そのうえでどのような献立内容の給食にしていくかを考えることが重要です。全く感染者のいないレベル1の地域なのにレベル3の対応を続けていたら、栄養バランスや食育の観点からよろしくない。しかしまだウイルスが終息したわけではないことを考えると、以前の給食に戻すのは難しい。だから向かい合わせて座らない、おしゃべりをしない等の指導はしばらく続けなければなりませんね。
その一方で、学校給食の重要性が今ほど認識された時はなかったのではないでしょうか。栄養バランスのとれたおいしい献立を提供するだけでなく、例えば食事指導の手洗いやマナーを伝えることも学校給食の役目でした。必ずしも今まではきちんと定着しなかった部分が、コロナ禍の影響で、正しい手洗いの方法を教えるとか、衛生管理について指導するいいチャンスです。栄養教諭等が今まで蓄積した衛生管理のスキルはかなりのレベル。是非、学校の中でそのスキルをアピールして、力を発揮して欲しい。今こそ皆さんの出番です。

Q:今後の活動についてどのように考えますか。

今回のコロナ禍で残念だったのは、料理教室について「休校中の子どもが親と一緒に作る」という状況を想定していなかったこと。どこかに人を集めて開くことが当たり前だったので、ちょっと反省材料です。
改めて作り方の手順と説明の動画を録画し、5月頃ユーチューブにアップしました。今後は電子レンジで作れる料理、親子で楽しんで作れる料理のメニュー開発も計画したいので、今年はその研究、発表は来年の目標です。